大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大津地方裁判所彦根支部 平成7年(ヨ)26号 決定

債権者

東拓工業株式会社

右代表者代表取締役

大松誠一

右訴訟代理人弁護士

赤松悌介

井出正光

小山智弘

野々山哲郎

債務者

プラスチック工業株式会社

右代表者代表取締役

金尾茂樹

右訴訟代理人弁護士

牛田利治

白波瀬文夫

岩谷敏昭

藤原弘朗

主文

一  債権者が債務者に対し、別紙製品目録記載の大品種名の製品について、債権者と債務者間の平成七年二月二一日付単価表の価格(改定された場合は改定価格)で同目録記載の支払条件(変更された場合は変更後の支払条件)により、債権者が債務者に製品コード番号・品名・長さ・本数・個数等を明示して債務者に対し製品供給の注文をした場合、債務者において債権者が指定する出荷日及び納入先に納品することにより、債権者が債務者から右注文製品の供給を受けることができる継続的供給契約上の地位にあることを、仮に定める。

二  債務者は、債権者から、平成七年八月一日から平成八年七月三一日までの間に、別紙製品目録記載の大品種名の製品及びこれに対応する実績数量欄記載の数量を越えない数量について、債権者と債務者間の平成七年二月二一日付単価表の価格(改定された場合は改定価格)で同目録記載の支払条件(変更された場合は変更後の支払条件)により、製品コード番号・品名・長さ・本数・個数等を明示されて製品供給の注文を受けた場合、債権者が指定する出荷日及び納入先に納品することにより、債権者に対し、右注文製品を仮に供給せよ。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は、債務者の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  債権者が債務者に対し、別紙製品目録記載の大品種名の製品について、債権者と債務者間の平成七年二月二一日付単価表の価格で同目録記載の支払条件により、債権者が債務者に製品コード番号・品名・長さ・本数・個数等を明示して債務者に対し製品供給の注文をした場合、債務者において債権者が指定する出荷日及び納入先に納品することにより、債権者が債務者から右注文製品の供給を受けることができる継続的供給契約上の地位にあることを、仮に定める。

二  債務者は、債権者から、別紙製品目録記載の大品種名の製品について、債権者と債務者間の平成七年二月二一日付単価表の価格で同目録記載の支払条件により、製品コード番号・品名・長さ・本数・個数等を明示して製品供給の注文を受けたときは、本決定以降一年間、債権者に対し、右注文製品を供給せよ。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  債権者は、クリーナーや洗濯機などに使用するホースなどのプラスチック製部品など(以下「本件製品」という。)を製造販売する会社であり、債務者も同種業務を営む会社である。

2(一)  債権者は、前社長である亡金尾史朗(以下「亡史朗」という。)及びその一族が昭和二七年五月に全額を出資して設立した会社であり、債務者も亡史朗及びその一族が昭和四一年七月に全額を出資して設立した会社である。

(二)  債務者は、設立当初からその製造する本件製品を一〇〇パーセント債権者に納入し、債権者は、これを別紙「東拓工業主要取引先一〇八社」記載の販売代理店及び直接需要家を含む取引先に対し今日まで販売してきた。

(三)  債務者以外に、その製造する本件製品を一〇〇パーセント債権者に納入している関連会社として、昭和四〇年九月にフレックス工業株式会社(広島県東広島市)、昭和五一年一〇月に東京プラスチック工業株式会社(千葉県八街市)及び昭和五四年一月に愛東プラスチック工業株式会社(滋賀県愛東町)が設立され、債権者の社長であった亡史朗が、債務者を含む四社(以下「関連四社」という。)すべての社長を兼任した。

3  亡史朗は、平成七年五月一四日死亡した。亡史朗の長男金尾茂樹(以下「茂樹」という。)は、同年五月二二日、債権者の常務取締役を辞任した。

二  争点

1  被保全権利の有無

(一) 債権者の主張

(1) 事実経過等

(ア) 債権者は、以前は自家製造した製品のみを販売していたところ、昭和二九年ころ、経営難に陥った際、従来の取引先であった申立外長瀬産業株式会社(以下「長瀬産業」という。)に財政的支援を求め、昭和三一年ころには、長瀬産業に対し全株式の一五パーセントを譲り、経営は、引き続き亡史朗が担当した。

(イ) 昭和三〇年代から昭和五二年ころにかけて、労使紛争が多発したため、安定した生産活動と顧客に対する商品供給の確保を目的として、右期間に関連四社が設立された。

(ウ) 関連四社が設立された以降、債権者の販売する本件製品の約八五パーセントを右四社が供給し、残る一五パーセントを債権者が自家製造する状態となった。この間、長瀬産業は、債権者の株式の七六パーセントを有することとなったが、現在は、73.3パーセントの株式を有している。

(エ) 債権者と債務者との間には、関連四社設立以後、本件製品の継続的供給契約関係が存在し、関連四社の近年の売上(債権者に対する供給)の推移は、「仕入れ合計表」及び「請求書」(疎甲四号証の一・二)のとおりであり、両者間の継続的供給契約関係の存在を裏づけている。

(オ) 関連四社は、元来債権者の生産部門であり、各社が設立された当初から一〇数年ないし三〇年の長期間にわたり、債権者との間に継続的供給契約関係を保ってきた。

(2) 継続的供給契約の内容等

(ア) 本件製品は、多品種少量の生産であるが、製品ごとに予め細かく規格、仕様、単価が定められており、債権者が債務者に製品名、数量、納入時期、納入場所を指示した出荷依頼をすれば、個々の取引がおのずと成立する。すなわち、債権者と債務者間では、注文から出荷、代金の支払いに至るまでの過程で、同種、同仕様の製品が長年月にわたって大量にかつ継続的に反復して債務者から債権者に対して供給されてきており、債権者からの出荷依頼があれば、債務者に特段の異議がない限り速やかに出荷と代金支払いがされてきた。債権者と債務者間においては、商品の種類・数量・価格・納入時期等について注文の内容が極めて特定しやすいか、すでに特定されているのと等しい状態に常時置かれており、取引が定型化している。

(イ) 価格については、製品名と太さで規格が定まり、長さや本数で価格が決まるので、個別契約での明示の合意がなくても、発注(出荷依頼)時に商品の特定はできているか、特定されているのに等しい状態にある。なお、価格表は、債権者と債務者間で随時合意して作成されるのがこれまでの通例であり、最近の価格表は、平成七年二月二一日に合意されている。

(3) 債務者の抗弁一、二に対する反論及び再抗弁

(ア) 債務者は、債権者の製造部門が独立したものに過ぎず、債権者と一体となって、製造、販売に従事してきたものであり、双方の社長も長年月同一人物(亡史朗)であったのであり、債権者と債務者は、下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」という。)にいう親事業者と下請事業者の関係にはない。

(イ) 債権者と債務者間の代金支払いについての一括支払方式(下請法上の一括決済方式)の合意(再抗弁)

① 下請法の適用がある場合の下請代金の支払期日については、下請事業者が金融機関から下請代金相当額の貸付けまたは支払いを受け得る期間の始期とすることが認められている(昭和六〇年一二月二五日公正取引委員会事務局長通達第一三号、疎甲二四号証の一)ところ、債権者と債務者間の代金の決済については、債権者、債務者及び大阪銀行との間で、債権者が債務者からの納入を締め切った月の末日から一〇〇日後に現金を支払うという債権者の支払予定額を担保として、債務者は大阪銀行の当座貸越を利用できる一括支払方法(下請法上の一括決済方式と同じ)をとることに合意している(疎甲二五号証の一ないし四、二六号証の一ないし三)。本件では、納入締切が毎月一五日で、右の一〇〇日の始期がその月末であるから、下請法二条の二第一項に違反しない。

② 右一括支払方式の合意に際しては、債権者については亡史朗が会社を代表し、債務者については取締役工場長が会社を代理しており、右取締役工場長には営業行為について債務者を代理する権限が与えられていた。そして、取締役工場長に右代理権があることは、大阪銀行に対し届出がされていた。また、取締役工場長は、商法四三条にいう「番頭、手代その他」の使用人にあたるから、取締役工場長は一括支払方式を有効に合意することができる。

③ 一括支払方式は、手形による下請代金の支払いに代わるものとして採用されたものであり、一括支払方式の合意は、親事業者及び下請事業者に対して不利益をもたらすものではないから、商法二六五条の「取引」に該当しない。

④ 債権者と債務者は、昭和六一年以来、一括支払方式を採用し、毎月一五日締切り、一定部分は当月末日現金支払い、残額は当月末日起算一〇〇日後現金支払い、という決済をしてきており、右決済条件は、長年にわたって合意されてきた慣行である。債務者の本件供給契約解除の通告は、従来の取引慣行を無視した信義則に反するものであり、解除権の濫用であって無効である。

(4) 解約告知の予告期間の不合理性(抗弁三に対する反論)

(ア) 継続的供給契約関係を解約するときは、契約の相手方を不利に陥れるような抜き打ちの供給停止は許されない。

(イ) 債務者は、平成七年五月には、「いつまで商品供給をさせてもらえばよいか。」との質問をしただけであり、供給停止の意思表示をしたわけではないと主張するが、右質問自体がすでに供給停止の前提に立たなければできない質問である。債務者は、本件答弁書で平成七年九月末日をもって供給停止をする旨述べているが、結局、本件では、平成七年五月に相当な予告期間をおかない供給停止が抜き打ち的に債権者に通告されたものであり、債務者は自立を急ぐあまり十分な予告期間をおかずにいきなり供給停止を強行しようとしており、右供給停止の意思表示は効力を有しない。

(ウ) 本件申立ての対象である商品の各品種を生産する生産ラインを債務者は現在四〇種類一八六ライン有しているのに対し、債権者は一二種類二五ラインを有するに過ぎないから、合計二〇〇ライン以上という現在規模の生産態勢を築くのには、一年の期間でも不十分である。また、本件製品は、多品種少量の注文的生産品であるから、他社からの購入も困難であり、現在も関連四社に対して生産の技術指導をしている債権者が他社から調達したり、あるいは他社にOEM生産を依頼するなどあり得ないことであって、そのような態勢を取ろうとすれば、今まで東拓製の商品を扱ってきたディーラーは、そのような他社から直接仕入れたほうがよほど割安であるから、直ちに債権者からの仕入れをしなくなることが明らかであり、債権者はそのような方法は取り得ない。

(二) 債務者の主張

(1) 被保全権利の不存在等

(ア) 債権者が債務者に納入を求める商品は、各注文ごとに仕様の異なる商品であって、その都度、債務者において制作を要するものである。それゆえ、原材料の市場価格や組立に要する市場価格が変動すれば、債務者の納入価格も変動すべきものであり、納入する数量、時期についても、その都度相談の上合意がないと決められない。

債権者と債務者間に継続的供給契約が成立していると仮定しても、個別契約は、買主側の申込みに対する売主側の承諾によって成立する性質の契約である。したがって、債権者の注文に対する債務者の個別の承諾がない以上、債権者には、個別具体的な商品の供給を債務者に求めることができる権利がなく、申立ての趣旨二項については被保全権利がない。また、申立ての趣旨一項についても、各製品の仕様、価格、納入時期、納入場所等が明示されないと、保全すべき契約上の地位が不明であり、不特定であるから、被保全権利がない。

(イ) なお、申立ての趣旨二項に関しては、そのような抽象的な製品供給を求める仮処分が認められると、債務者は、債権者からいつ注文があっても応じられるように、原材料、人員の確保などをしておく必要があるが、債権者から注文がなければ、余剰材料、余剰人員を抱えることとなり、極めて不安定な立場に置かれる。また、一年間の供給を命じられた場合、その一年の間に、価格の改定や買主の信用不安等が起きることも予想され、このような場合にまでも、仮処分が効力を保持することになり、衡平の見地からも問題である。

(ウ) 申立ての趣旨一項は、地位保全の仮処分の一類型であり、債務者が仮処分の内容を任意に遵守する可能性のあることがこの仮処分が許容される要件であるところ、債務者には右仮処分の内容を任意に遵守しうる客観的、現実的可能性がない。

① 債務者と債権者は、競合関係にあり、激しく対立しているのであるから、債権者は、自社生産の体制が確立し、または独自の調達ルートが確立すれば、債務者から製品を仕入れることはしない。債務者としては、早期に自己の得意先を確保し、債権者から自立する体制を作らないと債権者から取引を打ち切られることにより営業が行き詰まる。このような債権者と債務者の相互に相容れない関係は、客観的に存在するものであり、早晩、必然的に表面化していたものであって、経営者のパーソナリティや発言は本質的要素ではない。

② 債務者が申立ての趣旨一項の仮処分の内容を任意に履行するためには、債権者に商品を供給しつつ、かつ債務者自身の取引先に供給する商品をも生産する必要があり、従来の二倍の製品を生産する必要に迫られるが、債務者にそのような生産能力はない。そうすると、債務者が申立ての趣旨一項の仮処分の内容を遵守するためには、一年後に債権者から取引を打ち切られて経営が行き詰まることが明らかであるのに、なお自社の得意先向けの製品の製造を犠牲にして、債権者に対する製品供給を続けなければならないこととなるが、このようなことを通常の事業者に要求するのは客観的に無理であろう。

③ 長瀬産業は、亡史朗との約束であった金尾家の株式の買戻しに応じず、そのため債務者は長瀬産業の支配を受けた債権者から支配されてきた。本件は、債務者がその資本支配から脱却して企業として独自性を確立する過程における紛争である。もし、債権者の要求どおり、将来の一年間にわたって、債務者から債権者に製品供給を続ければ、債務者は自社の独自の顧客に供給する製品を製造できず、自社独自の顧客を開発、維持できず、一年経過後には債権者から取引を打ち切られることにより、債務者の経営は破綻する。

(エ) 仮に、申立ての趣旨一項が認容される場合には、予備的に次のとおり主張する。

本件取引には下請法が適用されるので、申立ての趣旨一項については、次のとおりの内容による「下請法の規定に適合する」契約上の地位として定められなければならない。

なお、疎甲一九号証の一、二は、両当事者の代表取締役を兼任していた亡史朗によって申込みと承諾がされており、これについて取締役会の承認を経ていない無効のものである(商法二六五条)から、本件において、支払時期、支払方法、相殺、下請代金額等の契約上の地位を特定するについては、右書証の内容によることはできない。

① 代金の支払期日については、毎月締切後三〇日以内とされなければならない(下請法二条の二第一項)。

② 債権者が注文する場合には、個々の製品(下請事業者の給付の内容)を掲げ、当該製品について、下請代金の額、支払期日、支払方法、その他の事項を特定して記載した書面によらなければならない(同法三条)。

③ 親事業者は、通常よりも著しく低い額の下請代金を定めることを禁止されている(同法四条一項五号)ところ、本業界においては、原材料価格の上昇等にかんがみ、平成七年九月より従来の価格より一〇パーセント程度値上げされる見込みである。したがって、製品価格は、改定された価格とされなければならない。

(2) 代金支払債務の不履行による解除(抗弁一)

(ア) 債権者と債務者間の本件取引には下請法が適用されるので、下請代金の支払期日は、製品納入の日から六〇日以内に定められなければならず(下請法二条の二第一項)、これに違反して支払期日が定められたときは、製品納入から六〇日を経過した日をもって支払期日と約定されたものとみなされる(同法二条の二第二項)。本件の場合、支払期日は「毎月一五日締切」とされている(疎甲一九号証の一)が、一か月締切制度をとった場合は、締切日から三〇日以内に弁済しなければならない。

(イ) したがって、平成七年八月二三日現在において、債権者が債務者に対して負担する下請代金のうち、平成七年五月一五日締切分の金二億八七六三万七七八二円の弁済期は同年六月一五日、平成七年六月一五日締切分の金三億九二〇三万八六七九円の弁済期は同年七月一五日、平成七年七月一五日締切分の金三億四六八〇万一七八七円の弁済期は同年八月一五日となり、いずれについてもすでに弁済期が到来しており、債権者は、下請法四条(親事業者の遵守事項)に違反して弁済期を徒過し、債務不履行に陥っていたものである。

よって、債権者は、債務者に対し、前記遅滞にかかる元本及びこれに対する各遅滞の日以降完済まで年14.6パーセントの割合による遅延損害金(下請法四条の二、公正取引委員会規則)の支払義務がある。

(ウ) 債務者は、債権者に対し、平成七年八月二三日付内容証明郵便で、同郵便到達後七日以内に遅延代金を支払うよう履行の催告をし(疎乙一七号証の一)、同郵便は同月二四日に債権者に到達した(疎乙一七号証の二)。

(エ) 債権者は、右遅延代金を支払わず、右催告書に対する回答(疎乙一八号証)で、「従前の慣行どおり、毎月一五日締切当月末日起算一〇〇日後支払いの方法による」と述べて、下請法の規制を無視して違法行為を継続しようとしている。

(オ) 債務者は、平成七年九月一日付内容証明郵便(疎乙一九号証)で、同日までに納品の済んでいる取引を除くほか、債権者との間の取引契約の一切を解除した。

(3) 同時履行の抗弁(抗弁二)

(ア) 継続的供給契約においては、前期の給付がなかったことを理由として、今期または次期の給付を拒むことができる。

(イ) 債権者は、右(2)(ア)(イ)(前記一二丁)のとおり遅滞に陥っているのであるから、前記遅延代金の支払いがあるまで、債務者は、債権者に対する製品の給付を拒絶する。

(4) 予告期間をもうけた解約告知(抗弁三)

債務者は、平成七年八月二二日付答弁書(同月二一日に債権者に交付)において、平成七年九月末日まで本件仮処分の対象商品を債権者に供給し、その後は供給を停止する旨の意思表示をした。したがって、右予告期間経過後においては、債権者に被保全権利がない。

(ア) 本件は、債務者が長瀬産業から支配されてきた過去の状態から脱却して、企業としての自立を図る過程で生じた紛争である。債権者は、ある期間が経過すれば、債務者との取引を打ち切ることが必定である。これを債務者が座して待っていれば、「債務者は自己の顧客を有せず、債権者は債務者から商品を仕入れない」という状態となり、債務者の経営は破綻する。債務者としては、座して死を待つわけにはいかず、債務者から直接に顧客に販売する計画を立てるとともに、生産能力に限りがあり、いつまで債権者に製品供給を行うかは重要な問題であるから、平成七年五月に債権者に対し、いつまで出荷すればよいかを質問した。

① 債務者の株式の過半数は金尾家が保有しているが、債権者については、過去の苦しいときに長瀬産業が株式を取得したいきさつから、その株式の過半数は長瀬産業が保有している。亡史朗と長瀬産業との間には、「経営が持ち直せば、金尾史朗は長瀬産業から株式を買い戻せる」との約束があったが、その約束は履行されず、亡史朗は、長瀬産業の資本支配を受け、言い知れぬ苦労を重ねていた。

② 亡史朗死亡後において、長瀬産業側から、「金尾茂樹が東拓の金を五億円使い込んだ」などと虚偽の噂が流され、茂樹は、取引関係者からこれを聞いた。長瀬産業側は、代表取締役は金尾家から選任するとの意向を示さず、このまま放置すると債務者の独自性が完全に損なわれるおそれがあった。

③ そのため、債務者は、茂樹が中心となって、債権者、長瀬産業に対し、債権者側と債務者側が協力して新たに新東拓工業株式会社を設立し、債務者は同社に納入し、同社が顧客に販売するとの案(疎乙一二号証)を提案したが、長瀬産業側はこれを拒否し、従来の債務者支配を継続しようとした。

④ 債権者は、亡史朗死亡後においては、債務者からの供給を受けられないことを予想し、自社生産の体制を準備し、工場設備の拡張を図ってきたため、債権者の自社生産ないし独自調達の体制が整えば、債権者が債務者との取引を打ち切ることが明らかな状況であった。

(イ) 債務者は、平成七年五月、債権者に対し、「いつまで製品を供給すればよいか」との質問をしたが、債務者が債権者に対し供給を停止する時期である平成七年九月末日までは、右質問の時期から四か月強の予告期間が全商品について設けられたこととなり、右予告期間は合理的な期間である。

① 債権者は、右予告期間中に自社生産体制の確立及び他社からの調達で必要商品を確保できる。

② 債権者は、本件製品のうち、クリーナー、VS、カナコン、CH、耐磨、カナライン、カナレックスについては、自社生産設備を有して自ら生産しており、シンク、DUCT、カナフレキ、カナプレスト、カナパイプ、カナドレン、カナネットについては、自社生産設備を有しておりいつでも自ら生産することができるから、これら製品については、債務者から供給を受ける必要がない。その他の製品についても、規格品については、市場でどの業者からも自由に入手でき、しいて債務者から仕入れる必要はない(疎乙三ないし六号証)。規格品以外の注文生産品の類についても、債権者は多くの企業と契約して、OEM生産(注文企業のブランドで債権者が生産)を行っていること(疎乙三号証)から明らかなとおり、この業界では、OEM生産は容易にできるから、本件製品を債権者が債務者以外の第三者にOEMで生産依頼して調達することが可能である。

(5) 債権者の一括支払契約締結(再抗弁)についての反論

(ア) 一括支払契約とは、親事業者、下請事業者、金融機関の三者で三者契約を締結しておき、債権譲渡担保方式の場合であれば、下請事業者は、弁済期までに金融機関から当座貸越を受けて現金を入手し、下請代金は金融機関に担保のため債権譲渡され、親事業者は、後日、金融機関に代金を支払うという制度である。

(イ) 一括支払に関する三者契約書(疎甲二五号証の一)は、昭和六一年一一月二九日付で作成されているが、右契約当時の債権者と債務者の代表取締役はともに亡史朗であったから、右契約にあたっては、亡史朗が債権者を代表すると同時に債務者をも代表して締結されるべきものであり、この場合、商法二六五条の自己取引に該当するから、両会社の取締役会の承認を要する。しかし、右契約(疎甲二五号証の一)は、両社の取締役会の承認を得ずに締結されたものであり、無効である。

(ウ) 右一括支払契約書において、債務者は、「取締役工場長」が記名押印しているが、「取締役工場長」に債務者の代表権はない。債権者は、取締役工場長は右締結の代理権を有していた、あるいは、取締役工場長は商法四三条の「番頭、手代その他」の使用人に該当すると主張するが、仮に、取締役工場長に一括支払契約締結の代理権があったとしても、その代理人は代表者取締役である亡史朗の命を受けて法律行為を行ったのであるから、代理人によって契約した場合も商法二六五条の適用がある。このように解しないと、会社は代理人を立てることによって、常に商法二六五条の適用を免れることとなり、不当である。

(エ) 金融機関は、債権者及び債務者の双方と取引があり、両者の代表取締役が亡史朗であることを知っており、右契約に両社の取締役会の承認がなされていなかったことを知っていたもの(悪意)であり、少なくとも容易に右事実を知り得たものであるから重過失がある。したがって、本件一括支払契約は、第三者たる金融機関との関係でも無効である。

(オ) 本件一括支払契約は、書面こそ作成されているものの、いまだかつて一度も履行されたことはなく、書面の形骸が存在するのみであり実体がない。本件では、債権者は、毎月一五日締め、翌日起算一〇〇日の期日に、債務者に対し直接支払ってきたのであり、債務者としては、一括支払制度の認識はなく、過去において一度も金融機関から借入を受けたことはない。

2  保全の必要性の有無

(一) 債権者の主張

(1) 事実経過

債権者と債務者間の長年にわたる継続的供給関係は、債権者の前社長である亡史朗が平成七月五月一四日に急死したことにより、突然に供給停止の危機を迎えた。

(ア) 亡史朗の一人息子であり、債権者の常務取締役であった茂樹が、平成七年五月二二日に常務を辞任する旨債権者に口頭で伝えるとともに、同月二六日の債権者株主総会及び取締役会の後で、今後、関連四社の社長の地位を亡史朗から継承するとともに、右四社から債権者に対する製品供給を停止し、債権者を経由しないで直接販売する意思を債権者に表明した。

(イ) これに驚いた債権者は、代表取締役大松誠一及び長瀬産業の専務取締役大森敏弘らが、茂樹に会って、債権者の売上商品の八五パーセントを占める債務者ら関連四社の供給が停止されては、債権者の経営は致命的打撃を受ける旨を交々訴えた。茂樹は、自己及び金尾一族が株式の大半を所有して経営するカナフレックスコーポレーションが五一パーセントを出資し、長瀬産業が四九パーセントを出資する新東拓工業株式会社を設立し、東拓工業の業務と人員を全面移管し、茂樹がその代表取締役となって経営するとの案を提示した(疎甲三、一二号証)。右案は、実質的には茂樹が経営を掌握する案であり、従業員の大半及び労働組合幹部が強く反対し、債権者には受け入れられない案であった。そして、数回の交渉の末、平成七年七月二〇日、債権者と債務者間の交渉は決裂した。

(2) 顧客の喪失及び損害の顕在

(ア) 本件製品については、債権者からこれを購入する百数十社の取引先(ディーラー)があり、その先には、これらディーラーから購入する最終需要家がある。本件製品は、もともと最終需要家の規格や仕様に合わせて作る注文生産的なものが多く、しかし多種少量の生産であるから、一般規格の大量生産品と異なり、従来のメーカーからの供給が停止されたとき、直ちに他のメーカーに作らせて間に合わせることは困難である。また、同じ規格や仕様の製品を作っている少数の同業者に本件製品の生産を依頼することも困難である。茂樹は、本件製品の供給停止を債権者に通告したのみならず、業界関係者やマスコミに対しても表明したため、納入業者からの安定供給を厳格に要求する最終需要家やディーラー各社に大きな動揺を与え、債権者が、もし定められた期限に定められた規格、数量の製品を引き渡せなかった場合は、直接需要家やディーラーから損害賠償を求められるかもしれないという深刻な事態を迎えている。松下電器のように、債権者からの納入が滞ったか、あるいはその危険が生じた時点で、他の競合メーカーから仕入れる可能性を明言する需要家も現れている。債権者の売上商品の八五パーセントを供給している債務者ら関連四社が一斉に供給停止をすれば、債権者の営業は停止し、長年にわたり開拓した顧客を一瞬にして喪失する。債権者は、本件仮処分の申立中も日一日と顧客を失っている。本件仮処分の申立ては、債権者にとってはやむをえない自衛の措置であるが、債務者は、本件申立てがあったので供給停止に踏み切ったというような事実を逆にした悪宣伝を行っている。

(イ) 右の顧客離れないし信用の低下という目に見えない損失に加え、債務者ら関連四社からの供給が停止されれば、債権者の損害が甚大となることは明らかである。別紙「損害額」のとおり、債権者の失う売上総利益は、関連四社関係だけでも約四五億円に達する(疎甲四号証別添③)。カナフレックス販売札幌及び富士フレックスは、いずれも茂樹の出資するディーラーであり、今後、債権者から購入しないことは明らかであるから、債権者の失う売上総利益は約四六億円に達する。このうち、債務者のみの関係で債権者の失う売上利益は、二〇億〇八一三万七〇〇〇円である。また、すでに具体的な損害も発生している。すなわち、債権者の平成七年七月の売上高は、関連四社の一つであるフレックス工業株式会社の供給分だけでも前年比四六〇〇万円の減少であり、これは平成七年五月からの約二か月間の債務者の供給停止の意向表明の結果と考えられ、債権者は、本件仮処分申立中も、右フレックス工業株式会社の供給分だけで一日約二〇〇万円の売上の減少を被っている(疎甲一四号証の一、二)。

(ウ) 平成七年二月期(平成六年三月から平成七年二月までの期間)の債務者から債権者に対する供給実績は、別紙製品目録記載の大品種名の各製品について、これに対応する実績数量欄記載の数量であるところ、債権者は、自社工場の生産規模を拡大したり、新しい工場用地の入手に努めるなど、八方手を尽くしているが、債務者からの本件製品の供給が停止された場合、債権者において自家生産の拡大等により本件製品の数量不足を回復するには少なくとも一年の期間を要する(疎甲二〇号証)。

(エ) 申立ての趣旨二項が認容されないとすれば、債権者は、発注の都度、これを疎明するために一か月分だけでも約二万枚以上の伝票を提出して第二次仮処分の申立てをしなければならないが、これは非現実的である上、仮にこのような申立てをするとしても、その手続に一、二か月の期間を要する。従来は、受注から即時または直後に納品をしていたのであるから、右仮処分によっては、顧客の喪失を防止することはできないのであり、債権者の現在する危険を防止することができず、仮処分の本来的使命を失ってしまう。

債務者は、今回、下請代金不払いを理由として契約解除の通告をしたが、右通告は、債権者の取引先にも広く通知され、各取引先から債権者に対し、問い合わせが相次いでおり、債権者の損害は現実化している。

(二) 債務者の主張

(ア) 本件保全処分が認容されれば、債務者は、債権者に商品を供給しつつ、かつ債務者自身の取引先に供給する商品をも生産する必要があり、従来の二倍の製品を生産する必要に迫られるが、債務者にそのような生産能力はない。債務者が債権者に製品供給を続ければ、債務者は自社独自の顧客に供給する製品を製造できず、顧客の開発、維持ができず、一年経過後に債権者から取引を打ち切られることにより、債務者の経営は破綻する。

このような仮処分は、一方的に債権者にのみ有利であり、債務者にとっては危機を招くものであり、債務者に与える打撃が極めて大きく、その発令は相当でない。

(イ) 前記1(二)(4)(イ)①②(前記一五丁、一六丁表)のとおりであるから、保全の必要性がない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  認定事実

疎明資料(疎甲三、四、一七、二〇号証〔いずれも枝番号を含む。〕)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

(一) 関連四社は、債権者の製造部門を独立させた別法人であるが、その設立の最初は、フレックス工業株式会社(昭和四〇年九月一日設立)の前身である有限会社寝屋川化成工業所(昭和四〇年八月設立)である。その設立の背景は、昭和四〇年当時の債権者の労使紛争の解決策である。すなわち、昭和四〇年当時、債権者の労使関係は、賃金のベースアップ、ボーナスの支給等についての団体交渉がいつも難航し、労働組合のストライキにより生産及び出荷機能が停止する状態であり、その経営基盤を揺るがしかねない重大要因をはらんでいたので、これを解決するため、債権者に代わって製造を代行する関連子会社として有限会社寝屋川化成工業所が設立され、これがフレックス工業株式会社となった。その後、販売力の成長に伴って、全国各地に製造工場を建設するにあたり、前記のとおりの設立時期に債務者を含む関連四社が設立された。これら別会社による製品製造策は、労務対策のみならず地方工場での製造によるコストの低減で収益向上に寄与したほか、生産力強化にも効果があった。

(二) 関連四社が製造した全製品は、その各設立当初から今回の供給停止に至るまでの間、債権者に継続的に供給されていた。近年における債権者の販売総額に占める製品量の割合は、債権者の自社工場での生産量が約一五パーセントであり、関連四社からの供給量が約八五パーセントである。

(三) フレックス工業株式会社から債権者に対する一九七一年(昭和四六年)四月から一九九五年(平成七年)二月までの各年の製品供給高を金額で表示すると別紙「仕入れ合計表①」の仕入欄記載のとおりであり、債務者から債権者に対する一九七〇年(昭和四五年)四月から一九九五年(平成七年)二月までの各年の製品供給高を金額で表示すると別紙「仕入れ合計表②」の仕入欄記載のとおりであり、愛東プラスチック工業株式会社から債権者に対する一九七九年(昭和五四年)二月から一九九五年(平成七年)二月までの各年の製品供給高を金額で表示すると別紙「仕入れ合計表③」の仕入欄記載のとおりであり、東京プラスチック工業株式会社から債権者に対する一九七七年(昭和五二年)二月から一九九五年(平成七年)二月までの各年の製品供給高を金額で表示すると別紙「仕入れ合計表④」の仕入欄記載のとおりである。

(四) 債権者の取引先から債権者に対する受注及び債権者から債務者に対する発注の流れは、別紙「受発注の流れ」のとおりであり、債権者から債務者に対する出荷依頼が発注となり、債務者から各取引先に対する出荷をもって、債権者の債務者からの仕入れとされてきており、債権者からの発注に際し、債務者が債権者に対して一々承諾をするということはなかった。債権者と関連四社間との取引形態の特徴は、債権者が取引先から受注した場合に、その都度、債権者が作成した受注書を債務者に対しファックス送信することで出荷を依頼し、債務者がユーザー宛に出荷するときに債権者の仕入れと販売が計上されること、ユーザーが債権者に送付すべき受注書を債務者に直送し、債務者から債権者に対し受注を連絡してくることもあること、右の仕分けを債権者の情報処理センターのコンピューターで管理していること、などである。そして、関連四社の製造する全製品を債権者が購入するという関係を前提にしているため、債権者は、関連四社の在庫を債権者自身の在庫と考えており、販売製品の在庫を有していなかった。

(五) 東拓工業会社案内には、債権者の関連会社として関連四社が紹介されている。一九九五年版の工業用品ゴム樹脂ハンドブックには、債権者の関連会社として関連四社が記載されている。

(六) 債権者の常務取締役熊谷雅洋と関連四社の取締役工場長あるいは工場長代理との間で、「東拓工業株式会社○○工場」との印を、関連四社が、債権者の製品品質基準に基づき債権者の名において行う電設・土木製品の製品試験成績書の発行に限定してではあるが、それぞれ使用するについての覚書が締結されている。すなわち、昭和六二年一〇月二八日に、東京プラスチック工業株式会社との間で「東拓工業株式会社東京工場」という角印の使用について、債務者との間で「東拓工業株式会社八日市工場」及び「東拓工業株式会社北海道工場」という角印の使用について、愛東プラスチック工業株式会社との間で「東拓工業株式会社愛東工場」という角印の使用について、フレックス工業株式会社との間で「東拓工業株式会社広島工場」という角印の使用について、昭和六三年六月八日に、フレックス工業株式会社との間で「東拓工業株式会社佐賀工場」という角印の使用について、平成元年八月一日に、東京プラスチック工業株式会社との間で「東拓工業株式会社仙台工場」という角印の使用について、それぞれ覚書が締結されている。

2  継続的供給契約の存否について

(一) 債権者と債務者間には本件製品を債務者から債権者に対し継続的に供給すること等を内容とする契約書の類は存在しないけれども、右1で認定した事実、ことに、関連四社の設立経緯、設立後の本件製品の債権者に対する供給及び販売状況(債権者の発注にかかる関連四社製造の全製品が債権者に供給されて販売されていること)、その発注、出荷及び在庫の状況(債権者は関連四社を自己の専属工場として扱っていると評価できること)等にかんがみると、債権者と関連四社間には、関連四社がそれぞれ設立された時点において、債権者との間において、関連四社が、債権者から発注された本件製品を製造した上、債権者との間で合意する一定の価格で、継続して債権者に供給することを内容とする契約(いわゆる継続的供給契約)が期限の定めなく締結されたものと認められる。したがって、右基本的契約関係の下においては、供給者である関連四社は、特別な事情のない限り、被供給者である債権者からの個々の発注(買受けの申込み)に対して、これに応じて製品を供給すべき義務(買受けの申込みを承諾すべき義務)を負うというべきである。

また、前記1冒頭記載の疎明資料によれば、右継続的供給契約の内容等として債権者が主張する各事実(前記第二、二1(一)(2)〔前記五丁〕)、平成七年二月期(平成六年三月から平成七年二月)の実績数量が別紙製品目録の供給実績数量欄記載のとおりであることが一応認められる。

(二) 下請法との関係で、債権者、債務者及び大阪銀行間の一括支払方式(一括決済方式)の合意(抗弁一、二及び再抗弁)について検討する。

(1) 疎明資料(疎甲二〇号証、二五号証の一ないし四、二六号証の一ないし三、二八号証)によれば、次の事実が一応認められる。

(ア) 債権者は、債務者に対する支払いについて、従前、現金と手形とで支払いをしていたが、手形での支払いを中止しようとしたとき、通産省から「下請法の関係で一〇〇日後の期日に現金払いするのでは下請として代金の回収が不安定であり好ましくない」との指導を受け、昭和六一年から一括支払方式を実施している。

(イ) 債権者、債務者及び大阪銀行間の一括支払方式(一括決済方式)の合意は、いずれも昭和六一年一一月二九日付で、債権者の代表取締役亡史朗と債務者の取締役工場長植田悟との間の大阪銀行宛の「一括支払システムに関する契約書(代金債権担保契約書)」(疎甲二五号証の一)、債権者と大阪銀行梅田支店との間の「一括支払システム協定書」(同号証の二)及び「覚書」(同号証の四)、債権者の大阪銀行宛の「一括支払いシステムに関する覚え書」(同号証の三)によりなされている。右合意によれば、契約期間は一年であり、自動更新される。

(ウ) 債権者は、右合意に基づき、大阪銀行梅田支店に対し、「譲渡代金債権明細書兼承諾書」(疎甲二六号証の一ないし三)を差し入れている。これらによれば、債権者が関連四社に対して平成七年九月一〇日限り支払うべき代金については同年五月三一日から、同年一〇月一〇日限り支払うべき代金については同年六月三〇日から、同年一一月一〇日限り支払うべき代金については同年七月三一日から、いずれも関連四社において大阪銀行から当座貸越借入が可能である。

(2) 本件における下請法の適用及び解釈等についての判断は次のとおりである。

(ア) 下請法二条によれば、債権者と債務者間の本件継続的供給契約は、下請法の適用を受けるものと認められる。すなわち、本件では、債権者(事業者)が業として行う販売の目的物たる物品である本件製品の製造を債務者(他の事業者)に委託している場合であるから、下請法二条一項の「製造委託」に該当し、債権者の資本金は二億七〇〇〇万円であり一億円を超えており(疎甲一号証)、一方、債務者の資本金は九〇〇〇万円であり一億円以下である(疎甲二号証)から、債権者は同条三項一号に該当する「親事業者」であり、債務者は同条四項一号に該当する「下請事業者」であり、債権者が債務者に支払うべき代金は、同条六項の「下請代金」に該当する。

(イ) 下請代金の支払いについては、親事業者は、下請事業者の給付受領後六〇日以内にしなければならず、支払いは現金でなく手形でもよいが、手形のときは六〇日以内に一般の金融機関による割引を受け現金化できるものであることを要する(下請法二条の二、四条二項二号)。そして、手形サイト(手形の交付日から手形の満期までの期間)が通常三、四か月程度までの手形が一般の金融機関による割引が可能であると認められ、公正取引委員会においても、下請代金を手形で支払う場合には原則として手形サイトを一二〇日以内とするよう指導してきている。

(ウ) 一括決済方式は、手形の発行、受取にかかる業務量が親事業者、下請事業者の双方にとって大きな負担となってきたこと、都市銀行が大企業に対する下請代金債権という優良債権を取得することにより取引先の多角化を図ろうとしたこと、コンピューターの普及、発達という技術的な要因(コンピューターを利用したオンライン伝送、磁気テープ交付等による書面によらない発注手段、いわゆるペーパーレス発注の導入等)などが背景となって、昭和六〇年に、手形による支払いに代えて導入された制度である。

(エ) 一括決済方式には、債権譲渡担保方式とファクタリング方式とがあるが、本件で問題となっているのは前者であり、この方式は、親事業者、下請事業者及び金融機関の間の約定(三者契約)に基づき、下請事業者が下請代金の全部又は一部に相当する下請代金債権を担保として金融機関から当該下請代金の額に相当する金銭の貸付けを受けることができることとし、親事業者が当該下請代金債権の額に相当する金銭を当該金融機関に支払うこととする方式をいう。その具体的な仕組みは、別紙図1「債権譲渡担保方式の概要」のとおりである。

(オ) 一括決済方式は、手形に代わる支払手段として考案され、実質的に手形による支払いと同様の機能を果たすものである。手形の場合、手形受取日以降、下請事業者は割引料を負担して手形を割り引くことにより現金を入手することができ、親事業者が、手形の満期に手形債務を履行することにより下請代金の支払いについての決済が完了する。一括決済方式の場合、三者契約により下請代金債権を担保とし(債権譲渡担保方式)または譲渡して(ファクタリング方式)金融機関から貸付けまたは支払いを受けることができることとされる日、すなわち、親事業者が下請代金債権の担保差し入れまたは譲渡を承諾する日以降、下請事業者は利息または割引料を負担して金融機関から貸付けまたは支払いを受けることにより現金を入手することができ、そして、親事業者が、下請代金債権の決済日に下請代金債権相当額を金融機関に支払うことにより下請代金の支払いについての決済が完了する。債権譲渡担保方式の場合、下請事業者は下請代金債権を担保として銀行から当座貸越貸付を受けるが、この借入金は銀行が担保とされた下請代金債権を取り立て、その取立代わり金と清算するので、下請事業者は、事実上、返済の義務はなく、借入れという形はとるが、実体上は手形割引による金銭の受取りと実質的に同じである。

(カ) 一括決済方式の導入に際しては、公正取引委員会では、下請取引改善協力委員、下請事業者の団体等から出された意見、要望等を取り入れて、下請法第三条の書面の記載事項等に関する規則(昭和六〇年公正取引委員会規則第三号)及び下請法第五条の書類の作成及び保存に関する規則(昭和六〇年公正取引委員会規則第四号)を改正するとともに、別紙のとおりの「一括決済方式が下請代金の支払手段として用いられる場合の下請代金支払遅延等防止法及び独占禁止法の運用について」(昭和六〇年一二月二五日公正取引委員会事務局長通達第一三号)及び「一括決済方式が下請代金の支払手段として用いられる場合の指導方針について「(昭和六〇年一二月二五日公正取引委員会事務局取引部長通知)を定めて下請事業者の利益を保護し、また、右取引部長通知の3から9に掲げられた事項を契約において明確にする場合の契約書の記載例を示して、一括決済方式をとる場合の三者契約の契約条項を定型化している。

(3) 前記(1)(イ)記載の債権者の代表取締役亡史朗と債務者の取締役工場長植田悟及び大阪銀行間の一括支払方式(一括決済方式)の合意内容は、右(2)(カ)記載の一括決済方式をとる場合の三者契約の定型化された契約条項に沿うものである。そして、債務者が一括決済方式をとることによる不利益であるとして指摘する点(平成七年九月五日付債務者主張書面第一、六及び同月八日付同主張書面二、2)については、①銀行に対する金利負担は手形割引の場合と同様であるから一括決済方式をとる場合の不利益とはいえないこと、②金融機関の選択の幅が狭くなる点については、債務者の取引銀行も大阪銀行であるから、本件の場合、不利益とはいえないこと、また、金融機関の選択の幅が狭くなるとしても、その不利益はそれほど大きなものではないこと、③回し手形が使えなくなる点については、支払方法の変更を一か月前までに希望すれば手形による支払いを受けることが可能である(疎甲二五号証の一〔一括支払システムに関する契約書)第一〇条(2))ので、この不利益もそれほど大きなものではないこと、④金融機関から借入金と相殺されるおそれがある点については、債務者が当座貸越を利用できないときは、債権者が下請法に定める基準によって支払いを行うこととされており(疎甲二五号証の一〔一括支払システムに関する契約書〕第一〇条(1)後段)、不利益は解消されていること、⑤その他の不利益については、債務者に脱退の自由があること(疎甲二五号証の一〔一括支払システムに関する契約書〕第八条)などにかんがみれば、債務者には、債権者から手形によって支払いを受ける場合と比較して実質的な不利益はないといってよい。

(4) 商法二六五条の立法趣旨は、取締役は会社の業務執行の責任者として、会社に対しその職務執行について、善良なる管理者の注意義務を負い、忠実に会社の利益を守らなければならない(商法二五四条三項、民法六四四条、商法二五四条ノ三)ところ、取締役がその資格を離れて個人法上の取引の場において、あるいは直接取引の相手方として、あるいは取引の相手方を代理または代表して会社と相対するとき、ややもすればその地位を利用し会社の利益を犠牲にして自己または第三者の利益を図る危険性が考えられるので、取引の公正をはかり、右の危険性を防止するために、とくに取締役と会社との間の利益相反取引について取締役会の承認を要するとしたものである。

(5) 一括決済方式は、前記(2)(ウ)ないし(カ)のとおり、手形に代わる支払手段として考案され、実質的に手形による支払いと同様の機能を果たすものであること、三者契約は前記のとおり定型化されており、内容的にも下請事業者が手形による支払いを受ける場合と比較して実質的な不利益を受けないように配慮されていること、以上に照らすと、下請代金の支払いについて一括決済方式を採用することは、商法二六五条により取締役会の承認を要すべき取締役と会社との間の利益相反取引にはあたらないと解するのが相当であり、また、一括決済方式を採用するか否かについての代理権を取締役工場長に付与することも商法二六五条を潜脱するものではなく、さらに、取締役工場長は、商法四三条一項により、当該工場で製造された製品の売買についてどのような決済方法をとるかについての権限を有しているというべきである。

(6) 以上のとおりであるから、前記第二、二1(一)(3)(イ)の債権者の主張(前記六丁表ないし七丁裏)は理由があり、前記第二、二1(二)(2)(3)(5)の債務者の各主張(前記一一丁裏ないし一三丁裏、一六丁表ないし一七丁裏)は失当である。また、債務者がこれまで大阪銀行から当座貸越契約に基づく借入れを受けていなかったことは、右判断を左右しない。

(7) なお、債務者が主張する債権者の下請法三条の不遵守(平成七年九月四日付債務者主張書面第一、三)が仮にそのとおりであるとしても、これを理由に本件継続的供給契約を解除できるとすることは相当でない。

(三) 予告期間をもうけた解約告知(抗弁三)について検討する。

(1) 一旦当事者の自由な合意(黙示の合意も当然含まれる。)により成立した契約は、できるだけその有効性を維持すべきものとするのが民法の原則であり、とくに当事者間の信頼関係が重んじられる継続的契約関係に入っている当事者としては、明示の合意や明文の法律上の規定がなくとも、信義則上、契約の他方当事者の意に反し、これに損失を与えないように配慮する義務を一般的に負うものと解すべきである。

(2) ところで、本件紛争は、債権者及び関連四社の代表取締役社長であった亡史朗が平成七年五月一四日に急死したため、債権者の代表取締役に大松誠一が就任し、関連四社の代表取締役に茂樹が就任し、茂樹において、関連四社の長瀬産業の支配からの脱却は亡史朗の悲願であったとして、関連四社の自立を宣言し、債権者に対する関連四社からの製品の供給を遠からず停止する意向を示したことがその発端となったものである(疎甲一ないし一四号証〔いずれも枝番を含む。〕、乙一、二号証、審尋の全趣旨)。

(3) 債務者は予告期間の開始を平成七年五月であるとするが、右時期は、債務者の主張するところによれば、解約の意思表示をしたものではなく、債権者に対し、「いつまで製品を供給すればよいか」との質問をしたにすぎないというものである。右質問によって、債権者において、近い将来における債務者からの供給停止を予期したとしても、右質問は債務者から債権者に対する本件継続的供給契約の合意解約の申込みと解すべきものであるから、右質問の時期をもって債務者の一方的意思表示による解約申入れの予告期間の開始時点とすることはできない。したがって、債務者から債権者に対する本件継続的供給契約全部の解約の申入れは、平成七年九月末日まで本件製品を供給し、その後は供給を停止する旨を明示した債務者の平成七年八月二二日付の本件答弁書によるものというべきである。そうすると、予告期間としては一か月余りの期間しかなく、販売製品の約八五パーセント(売上高にして平成七年二月度を基準にして約一五〇億円余〔疎甲四号証〕)を関連四社からの供給に依存している債権者にとって極めて不当な短期間であり、平成七年九月末日には解約の効力は生じないというべきである。

(4) 債務者は、「債権者は、亡史朗死亡後においては、債務者からの供給を受けられないことを予想し、自社生産の体制を準備し、工場設備の拡張を図ってきたため、債権者の自社生産ないし独自調達の体制が整えば、債権者が債務者との取引を打ち切ることが明らかな状況であった」、「債務者は、座して死を待つわけにはいかないから前記質問をした」などと主張するが、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債権者は関連四社との本件継続的供給契約の今後とも長期にわたる継続を切実に希望していること、これに反し、債務者を含む関連四社は本件継続的供給契約の早期解約を希望し、現に平成七年九月四日をもって本件製品の供給を停止し、その旨を取引先に対して通知していること(疎甲二三号証)、債務者において債権者に対して従前どおりの製品供給を行ったからといって債務者に従前の状態と比較して特段の不利益が生ずるわけではないのに反し、債権者が債務者を含む関連四社からの製品供給を停止されれば多大な損害を被るであろうこと、債務者において、従前の債権者との取引条件に不満がある場合には、債権者に対しその改善を要求することが可能であること、以上の事実が一応認められるので、債務者の前記主張は採用できない。

(5) 債務者は、「債権者は、自社生産設備を有しているので、平成七年九月末日までに自社生産体制を確立できる」、「OEM生産によって同種商品を容易に入手できる」などと主張し、これに副う如き疎明資料(疎乙一、三ないし六、一五、一六、二〇号証)が存在するが、右については、疎甲一七号証(第三供述書の四の部分)及び疎甲二〇号証(第四供述書のその二の二の部分)で具体的に反論がされており、債務者の右主張は、いずれも採用できない。

(6) もっとも、債務者が債権者と長年にわたり本件継続的供給契約関係にあるからといって、債務者において、右継続的供給契約関係から脱して、企業として自立する道を奪うべきではないが、右契約関係から脱するに際しても、前記(1)のとおり、信義則上、債権者に受忍限度を超える不相当な損失を与えないように配慮する義務を負うものと解すべきである。そうすると、結局、ある程度長期の期間をもうけ、その間に債権者は自社生産設備等の拡充を図るとともに、関連四社からの供給量を減少させ、他方、関連四社においては、その間に独自の顧客を開拓するなどすべきであり、両者にとって公平であると考えられるある程度長期の期間をもって解約告知の予告期間とすべきものである。

(7) よって、債務者の抗弁三は失当である。

二  争点2について

1  疎明資料(疎甲一ないし一四、一七、二〇号証〔いずれも枝番を含む。〕)及び審尋の全趣旨によれば、保全の必要性について債権者が主張する点についても疎明があるといえる。

債務者は、「本件仮処分は、債権者にのみ有利であり、債務者にとっては危機を招くものであり、債務者に与える打撃が極めて大きく、その発令は相当でない」旨主張するが、本件紛争は、前記のとおり、債務者が長年にわたる本件継続的供給契約関係を適正な予告期間をもうけることなく解消せんとしているために生じているものであるから、債務者の右主張は採用できない。

2  債権者は、申立ての趣旨二項の供給期間について、本決定以降一年間の供給を求めているが、債権者は、前記のとおり、債務者との交渉が決裂して本件仮処分の申立てに至ったのであるから、本件仮処分の申立て(平成七年七月二六日)と並行して将来の供給停止に備えた準備行為に着手することが可能であったものと考えられる。よって、供給期間としては、本件仮処分申立て時から約一年後である平成八年七月三一日までとするのが相当である。それ以降においても、なお仮処分の必要性がある場合には、債権者においてその必要性を疎明して、再度仮処分を申し立てることができる。また、債権者の生産能力が早期に関連四社とほぼ匹敵するに至ったような場合には、債務者において、その事情を疎明して民事保全法三八条(事情の変更による保全取消し)により、保全命令の取消しを求めることができる。

三  まとめ

1 債権者と債務者間には、別紙製品目録記載の大品種名の製品について、債権者と債務者間の平成七年二月二一日付単価表の価格で同目録記載の支払条件により、債権者が債務者に製品コード番号・品名・長さ・本数・個数等を明示して債務者に対し製品供給の注文をした場合、債務者において債権者が指定する出荷日及び納入先に納品するという内容の継続的供給契約が存在し、債権者は、債務者に対し、その旨の契約上の権利を有する地位にあるということができる。価格が改定された場合は改定価格によるのが相当であり、支払条件が適法に変更された場合は変更後の支払条件によるのが相当であるから、主文一項のとおりに定める。

なお、債務者は、右仮処分について、債務者には右仮処分の内容を任意に遵守する可能性がないから認められない旨主張するが、仮に定める権利関係の内容が、本来強制的に執行できない性質のもの(例えば、夫婦間の同居義務など)であれば、右主張は是認できる場合もあるが、仮に定める権利関係の内容が具体化されれば強制執行可能なものである場合には、仮に定められた権利関係を前提として、第二次仮処分により具体的な強制執行が可能であるから、右主張は失当である。また、下請法上の一括決済方式を採用した下請代金の支払方法は、前記のとおり有効であるから、申立ての趣旨一項に関する債務者の予備的主張(前記第二、二1(二)(1)(エ)〔前記一一丁〕)も採用できない。さらに、本件製品の価格が平成七年九月より一〇パーセント程度値上げされるとの疎明はなく、仮に値上げされるとしても、現行価格の決定が通常より「著しく低い」額が「不当に」定められた(下請法四条一項五号)とはいえない上、下請法の右規定に違反すること自体で直ちに私法上の効力が否定されるものではなく、右規定の趣旨に照らして不当性が強く、現行価格によることが公序良俗に反する場合に、その合意が無効となると解すべきであるから、この点の主張も失当である。

2 さらに、現在は具体的な発注行為がないが将来債権者が具体的に債務者に発注することによって債務者の供給義務の内容が定まる製品についても、発注がされたときには、債務者には、それに対応する承諾をすべき義務が存在するに至るのであるから、従前から取引のあった製品について、その実績数量を限度として、主文二項の仮処分を発令することは可能であると解され、本件では、債務者はすでに供給停止をしており、また、本件紛争の経過にかんがみると、主文一項のみの発令では債権者に生ずる著しい損害または急迫の危険を避けることができないと考えられるので、この点からも発令が可能であり、必要であると解される。

3  よって、債権者に対し、債務者のために金二〇〇〇万円の担保(大津地方法務局彦根支局平成七年度金第一一六号)を立てさせた上、主文のとおり決定する。

(裁判官佐哲生)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例